所得税率を上げると顔ぶれが変わらなくなる(?)。

 前稿では、AI人事だろうと人間人事だろうと顔ぶれは変わらないだろうと書いたが、この考え方は2015年の投稿と同じ視点なのでピンと来ないひとはソレを読んでもらうとして、顔ぶれを変化させる・させない税金の仕組みについて書いてみたい。

 「高額所得者からもっととれ」と主張する派は、消費税よりも所得税を上げることを支持する傾向がある。特に累進課税でいうところの「高所得層の税率を上げよ」という考え方。ほとんどの場合「自分達以外の所得税を上げろ」ということ。

 心情的には一理ある。

 昔(一部では今も)は支配層(特権階級)が奴隷を使ったり社会的弱者(移民や不法滞在者など)を低賃金・重労働でこきつかったり、サービス残業代を支払わなかったりしていたので、確かに「経営陣はみんなから搾取した分を代表して納税しろ」(=高い税率を適用)という主張はもっともな面もあった。

 が、『単純労働で月給100万円は可能か』や『知的労働で完全無人収益化は可能か』の例のように、他人を全く使わない経営(というより単身事業)も可能な時代になり、全部自分1人で稼ぎ出す経営者が増えると、「誰かをこきつかった分もっと納税しろ」は成立しなくなる。

 その主張は工業など頭数が必要な職が主流だった時代の古い考え方と化する。

 そうなると稼ぎはただの能力差ということになり、その能力差から生じる所得に対し高い税率をかけると知能税と化するから、頭脳の優劣を税法で認定することになる。これは「扶養する脳・される脳」を決定付け、新しい差別と階級制度の始まりを意味する。

 これからは(既に20年前から)ソフトウェアの時代であり、工場もいらないし見た目のために家賃の高い(その分社員の給料を削って手に入れる)一等地のオフィスも必要ないし、そもそも人を雇う必要がない。

 そういった時代の変化を抜きにしても、所得税率を上げていくと実はエスタブリッシュメントを固定してしまうというのが今回の話。

 リーマンショック(2008年)、東日本大震災(2011年)、新型コロナウイルス(2020年)と時代が変わるほどの大きなイベントのサイクルが早まっているが、とりあえずここでは10年おきに所得税率が10%づつ上がると考えてみる。

 起業する際、開業資金に1,000万円を必要とし、A,B,Cさんは皆年収2,000万円のサラリーマンにしては高級取りという設定。

 Aさんは2000年の起業を目指し、1990年から毎年100万円づつ貯金する。当時の税率を30%とする。10年で達成。

 10年若いBさんは2010年の起業を目指し、2000年から貯金を始めるが、当時の税率を40%とすると、Aさんと同じ可処分所得比率で貯金すると毎年83.3万円づつ。約12年で達成。

 更に10年若いCさんは2020年の起業を目指し、2010年から貯金を始めるが、当時の税率を50%とすると、AさんとBさんの差と同様に、毎年66.64万円づつの貯金となる。約15年で達成。

 時代の流れが速まっていることに逆行し、若手はお金を貯めるのに時間がかかるようになる。物価は上昇しているが賃金水準は差ほど変わってないから実際はもっと大変で、生活水準自体が下がっていく(=人生経験が減り未熟なまま起業することになる)。

 手取りを住民税10%を加算し単純計算すると(複雑になるから各種控除は考慮しない)、

 Aさん:年収2,000万円−所得税30%−住民税10%−社会保険料14%=920万円

 Bさん:年収2,000万円−所得税40%−住民税10%−社会保険料14%=720万円

 Cさん:年収2,000万円−所得税50%−住民税10%−社会保険料14%=520万円

となり、例えばAさんの頃は住宅ローンや車のローンを払い子供を私立に通わせつつ、時々家族で海外旅行に行っていたとしても、Cさんの頃には家も車も持たずに、子供の教育費次第では郊外に住むことを検討するかもしれない水準。或いは子供を持たないという選択も増え、少子高齢化が進むことになる。

 この生活水準の差から生じる人生経験の差は大きいし、クレジットカードの与信枠審査やローンの審査で「持ち家か否か」が非常に重要視される点を踏まえると、起業した時点での社会的信用度もまるで異なり、Aさんは銀行から事業資金の借り入れができてもCさんには厳しい。

 ※開業資金を1,000万円としたのは、2000年頃は会社を設立するのに資本金が1,000万円必要だったから。今は(書類上)1円から設立でき、これは政府が起業を支援したい考えの表れ。

 という具合に、所得税率を上げていくと一向にお金が貯まらなくなり(或いは何かを捨ててるしかなくなり)、若者の参入が遅れ、既得権益者(すなわちエスタブリッシュメント)がますます巨大化し、顔ぶれが変わらない社会構造になる。

 ※風通しが悪くなり、森喜朗(笑)を量産することになる。

 更に起業したあとのことを考えると、従業員の給与にかかる税率も同様に上がっているのだから優秀な人材確保に必要な手取額を提示するためのコストが増大し、ただでさえ黒字化が難しい最初の3年で頓挫してしまう確率が高まる。

 結果的に1人で何でもできるスーパーマンだけが上手く行く時代と化する。

 また、法人税にまで累進課税制度を適用すると、会社に残る余剰金が減るため、起業前と同じように新事業への参入資金を貯めるのに時間がかかるようになるし、できるだけコストを削減しないと現状のパンデミックのような事態が生じた際にすぐ倒産してしまうので、やむを得ず賃金が削られる、リストラが進むという余裕のない社会になってしまう。

 といった問題がある。

 が、内部保留課税案とか、住民税にも社会保険料にも累進課税を適用せよと主張する人も一定数いて、社会主義を目指しているのか、近代的かつ将来を見越した思考とは言えない。

 世界共通で、強い者を叩き弱い者を保護する発言をしていればとりあえず票が獲れる。しかし政治パフォーマンスはどこまでいっても政治パフォーマンスであり、社会的実態はもっと複雑で、あれをこうすればあーなるという単純な作りではない。