2年前、Mac Studio(M1)に買い換えた際、将来に備え128GBメモリ(最大)を選んだんだが、メモリとはいくらあってもいい。お金と一緒。
※HDDやSSDなどのストレージ(記録媒体)の容量ではなく、主記憶装置(メインメモリ)の容量の話。
動画編集などメモリを食うアプリは全く使ってない私の日常使いのマシンでこれ。
メモリとお金の関係は本当に似ていて、不足すると多くの問題を引き起こす。アプリケーションが突然落ちるとか、エラーも出ないまま必要な機能が動かない(動いてない)とか(これがいちばん厄介)。または何かをするために何かを閉じる(諦める)という妥協が必要になる。
「余裕はないが足りている」という状態では安定期に入るものの、その安定(均衡)を崩さないように、これ以上お金・メモリが要求されることをしないようになってしまい、行動の幅を制限してしまう。すなわちそこから先に伸びなくなる。
「大人になって数学って使いますか?」という質問と同じで、数学を使わなくていい人生を選ぶことはできるが、引き換えに今の時代大きな所得を得るための選択肢を極めて狭めることになる。
「これだけあれば十分だろう」という状況下では、余裕がある分新しいことを始める。行動範囲が拡がるも、あっという間に「これだけあれば」では足りなくなってくる。これは先が全く読めてなかったということ。
Mac Studio(M1)のメモリは128GBが最大容量なので、これ以上はどうにもならないんだが、既に使用量が2/3に達しているのを見ると、来年Apple Intelligenceが日本語対応し、日常的に卓上AIを駆使するようになったらもう少しメモリ欲しいなと思うかもしれない。
現行のM2 Mac Studioの最大メモリは192GBで、意味もなくハイスペックにしているわけではなく、時代が必要とするスペックが提供されているんだなと思う。
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