「フェラーリは経費…うるさい税務調査官を黙らせた、意外な一言 | 幻冬舎ゴールドオンライン」

たとえばフェラーリは「お客様に何かあった時、夜中であっても最も速いスピードで駆けつける必要があるから買った」

 「クラウンでもマーチでも、到着時間は同じですよ」と言われて終わりだろう。少なくとも現在の東京23区の税務署では。

 制限速度があるから(笑)。

 が、否定はしない。この理屈が通ったんじゃなくて、当該社長の人柄やキャラクター、業績などを見て総合的な判断が下されたのだろう。税務署は“点”では見ない。

 だから余所の社長が当時真似してやってみたとしても通らない場合がある。

 一見「話術」(交渉力)で成功したように見えても、実際はスター性のような目に見えないものが影響していることが多い。

 この税務署の「総合的な判断」というファジーな基準を逆手にとって、もしスター社長(本人そのものが広告塔のような存在である)なら、同業他社の平均的な売上・利益率から社長車の相場を出し、それを超える部分を広告宣伝費に計上するとか。

 世間では、儲かっている=人気がある、評価が高い、需要があると感じる人が多いので、社長の景気の良さそうな姿を見て、ますます仕事が入るというケースがある。芸能人みたいなもの。

 この場合、お洒落して高い車に乗って外を走るだけでも仕事が取れるので、極めて生産性が高い。その対価を社長へ成功報酬(役員報酬)として支払うのだとすれば、税務会計上はどちらにせよ経費計上されるので、だったら「何費」なのかさえ落とし所を見つければ良い。

 一方でそれが行き過ぎて下品に見えると、会社の品位や評判を下げることになり「本当にその車が事業に必要ですか?プラスになっていますか?」となる。

 そこで税務署が「確かにあなたは街の人気者ですね」「よくメディアでもお見かけします」という具合に広告塔としての存在価値を認めるならば、マーケティング費用(広告宣伝費)という見方も否定されないだろう。

 ※この10年で、ブランドブティックで領収書をもらう人が急増しているのは、そういう落とし方なんじゃないかと推察。

 が、車は減価償却なので、広告宣伝費も耐用年数割の計上とするのが妥当なので、当年一括では落とせない。だったら面倒なことをせず、その車の購入の正当性を認めましょうとなるんじゃなかろうか。

 社長の人物像は非常に重要な要素。

 雇われ社長と創業者とでも見方が変わるし、第三者株主がいるかいないかでも変わるし、何よりも社長のキャラクターも重要。

 ただ贅沢をしたいだけの人なのか、見栄だけでお金を使っているのか、そう振る舞うことで宣伝になりひいては会社の売上げ増につながるという戦略的行動なのか。

 こういう「総合的な判断」は税金に限らない。

 昔から、Aさんが言うと皆納得するのに、Bさんが同じ事を言うと総スカンを食らうとか、そういう微妙なシーンがよくある。

 人(平均的な認知の人)は言葉を文字通り受け取っているのではなく、その言葉を発している人の人物像から受け止め方を決定している。すなわち認知領域の極めて複雑かつ曖昧な処理・判断がなされていると言える。

 SNSでも「これを他の人が言ったら炎上するだろう」ということば非常にしばしばある。

 ではその反対に炎上しない人とは何なのか。

 日頃の行いから一貫した主義主張が感じられ、周囲がそれに納得しているとか、人徳があるとか、皆が人柄に惚れ込んでいて「この人がこんなことを言うってことは、何か理由があるに違いない」と許容度が高まっているとか、いつも本当にお世話になっているのでこのくらいのことは受け止めるべきだ(すなわちプラスマイナスで言えばプラスが大きい)と感じているとか、いろいろある。

 ※ドラマ『ブラックリスト』のレイモンド・レディントンとFBIの協力関係はまさにそういったところ。だから高所得層に人気があるんだろうと感じている。

 その曖昧で事前に確定できない微妙な空気を読めるか否かで人生(世界)の見え方が変わってくる。

 これをダブルスタンダードだとか不公平だとか差別だとか言い出すと、世の中生き辛いだろう。言って見れば自分と他の人の根本的・決定的な違いがワカラナイということだから、何でも不公平・差別に感じるようになる。

 結局のところ、ヒトとは受け入れる価値があるか否かで判断する損得勘定ベースの生き物だと言える。

 多くの場合。

 全ての判断基準を法律として列挙・網羅するのは大変なので、「社会的合理性」というファジーなバッファーを持たせておくことで時間を消耗せずに済んでいる面が多々ある。その結果時間すなわち人件費を抑えられ、増税されずに済んでいるとか、回り回って一般人にも恩恵がもたらされているというのがマクロな社会であり、全体とは部分の総和以上の何かである(ホーリズム)と言える。

社長の乗る社用車は、「クラウンまでならOKだが、ベンツはNG」といったように、ある程度の線引きが存在しています。

 少なくとも私にその制限(上限)はなかった。税理士も「セダンなら特に文句は言われないでしょう」という見解だった。業種と従業員数(社長1人あたりの生産性)も判定材料になると思われる。