昔から多くの消費者がMacを選ばない理由として、価格が高いことと、対応ソフトウェアが少ないことが挙げられていた。
Macがintel製から自社Aチップに移行することで、iPhone、iPad用のアプリが動くようになり、恐らく(特にデータは持ってないが)、世界で最も対応ソフトウェアの多いパソコン用OS(かつパソコン)となる。
そのうちWEBアクセスのOSシェアもWindowsを超えるだろう。
重要なのはそのOSが動くCPUまで自家製だということ。
1990年代アップルは倒産しかかっていた。
OSはライセンスしない、互換機は作らせない(一瞬登場したが)という閉鎖的な戦略のアップルに対し、マイクロソフトはWindowsを幅広くライセンスし標準仕様を積極的に取り入れる方式で巨万の富を得た。
対象的な存在。
同時にLinuxを中心としたオープンソースという考え方も普及し、アップルの時代は訪れないまま終わるかのようで、「必ずしも良いモノを作れば売れるというわけではない」として、ビジネス上の失敗例として度々挙げられてきた。
それが反転しようとしている。
そこで注目すべき点は、成功への道は1つではないということ。ビジネスシーンとはやり方ばかりに注目が集まり、誰か1人成功するとソレ一色になってしまいがちだが、方法論はそれほど重要ではない。
では明暗を分けるのは何か。
時代との適合性。
モノづくりに限らず才能も同じで、どんなに優れた才能を持っていたとしても、時代が必要としていないものに値段が付かない。需要と供給によって取引が生じ相場(=価格=値打ち)が生まれるのだから。
※値段で判断する値打ちと、精神的な価値は一応使い分けている。
「時代」=流行の話ではなく、全体の流れ。文化とか方向性とか。例えばオープンな波の中でクローズなスタイルは必要以上に敬遠され、過小評価されやすい。そういった社会環境という意味合いでの“時代”との適合性。
すなわち、「良いモノ」とか「優れた才能」という“点”の存在そのものに留まらず、その“点”の「存在の仕方」までが重要だと言える。
昔から良く使う表現だが、「バスケットが流行っていない時期にバスケットの天才的な才能を持って生まれてきても、食べて行けないどころか、貧困が多くのモノをねじ曲げてしまう」ため、「良いモノ」とか「優れた才能」とは、点での存在は危うい。
全体あっての個だと言える。
現在のトランプ政権下のアメリカの方向性やイギリスのEU離脱などを見ていても、世界的にクローズ化の傾向が感じられる。
そういった社会環境がよりアップルを強くする(彼らのスタイルが時代に適合している)んじゃないか。
と強く感じる。
→海外で進む「オンプレミス回帰」 その背景に何があるのか (1/3) - ITmedia NEWS
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